子どもの眼で世界を観る実践探究とは?(PIWEC®)

PIWEC(Praxis Inquiry With the Eye of a Child)は、韓国の教育人類学者、ソ・グウォン(徐根源)教授が開発した、教育人類学を基盤とする実践探究メソッドです。大人が子どもを一方的に管理・指導するのではなく、子どもが世界をどう捉えているのかを深く理解すること(子どもの眼で世界を観る)を通じて、教育の本質的な営みを見つめ直します。韓国では、主に小・中・高の教員達が教室の子どもたちのために長年探究しているコミュニティーが全国に存在します。

核心的な概念:誨人探究 PIWECの根幹を成すのが、「誨人探究」です。「誨」という字には、単に      知識を授けるだけでなく、「教え導く」「教え諭す」という意味があります。しかし、PIWECにおける「誨人」は、大人が正解を教え込むことではありません。

「教える」を問い直す: 子どもの存在を深く観察し、その子の内なる論理を理解した上で、いかにしてその子の探究を支え、導くことができるかを探ります。

教育人類学的まなざし: 子どもを「教育の客体」としてではなく、独自の意味を生み出す「主導的な主体」として捉え、その成長の過程を共に歩みます。

倦まず教え、学び続ける: 「誨人不倦」の精神で、大人自身もまた子どもから学び続け、自己を更新していくプロセスそのものを指します。PIWECが目指す3つの実践実践の柱である、子どもの眼で世界を観る大人の固定観念を脱ぎ捨て、子どもが何を感じ、何に問いを立てているのか、その「内側の風景」を共有します。誨人の探究「どう教えるか」の前に「その子は誰か・どんな子か」を知る。観察に基づいた真の導き(誨人)のあり方を追求します。実践的リフレクション現場での関わりを丁寧に記述し、教育人類学の視点から分析することで、より深い教育実践へと繋げます。

なぜ、今「PIWEC」と「誨人」が必要なのか?

現代の教育は、画一的なカリキュラムや効率性が重視されるあまり、目の前の「子どもという存在」が見えにくくなっています。今こそ「個」への深い理解として、 統計や平均ではなく、その子の唯一無二の探究プロセスに光を当てます。また、専門性の向上のため、 観察と記述を通じ、大人が自身の関わりを客観的に捉え、専門性を深める場を提供します。

「教える・教えられる」という上下関係を超え、共に世界を面白がるパートナーとしての関係を築きます。メッセージ「真に人を導く(誨人)とは、その人の眼で世界を観ることから始まる。」PIWECは、ソ・グウォン教授の提唱する教育人類学の哲学を礎に、子どもたちの可能性を信じ、教育の本質を共に探究していくコミュニティです。

 日本セラプレイ協会は、子どもの眼で世界を観る実践探究の学びを、心理・保育・教育・広場・家族など様々な場所の大人たちとともに学びを深めています。家族、親グループ、里親さんたちのグループなど、色々な場所で始まっています。共に子どもたちの瑞々しい世界を、私たちと一緒に「誨人」の心で覗いてみませんか?

Praxis With the Eye of a Child (PIWEC)

Praxis は実践という意味もありますが、実際には練習という意味もあります。 もともとの意味は人と人との関係で行われることであり、教育、政治、経済などを指します。 ここでのpracticeは正確に言うと成育の実践や回因の実践を意味します。 詳しく書くと長くなるので省略し、practiceのみを記載します。

Inquiryは既存の理論や方法を一方的に適用するのではなく、新しいものや子どもに適したものを見つけ出すという意味です。Practice Inquiryは子どもの成長に適した方法を模索し、実際に実践し練習するという意味です。

Withは「~と一緒に」という意味もありますが、「~を使って」という意味もあります。 ここでは「~として」という意味です。hammer a nail with a hammerと言えば、ハンマーで釘を打つという意味です。

the Eyeは視線または観点を意味します。正確に言うとperspectiveと言いますが、あまりにも公式な感じがして略語として使うのも不便なのでeyeを使います。

a Chlldは漠然として一般的な子どもではなく、具体的な子どもを意味します。
観察者または実践者が一人の子どもとして純粋な心で、または好奇心旺盛な心で見ることを意味することもあります。

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